池崎大輔(ウィルチェアーラグビー)を支える言葉(POWERフレーズ)とは?

番組表で 日テレの「 POWERフレーズ」という番組をたまたま見
つけました。


トップアスリートの「過去」と「未来」を違う角度からとらえ、
選手の心を支えて頂点へ導いたPOWERフレーズを紹介します。

という番組の説明に興味を持ちました。

今回(1018年9月2日)はウィルチェアーラグビーの日本代表の
エースである池崎大輔選手でした。

ウィルチェアーラグビーというのは車椅子(wheelchair)ラグビー
のことです。

しかし、健常者のラグビーとはかなり違うのです。

知らなかったウィルチェアーラグビーのこと、池崎大輔選手
のプロフィールや、彼を支えるPOWERフレーズを調べました。




◆ウィルチェアーラグビー(車椅子ラグビー)とは

ウィルチェアーラグビーは四肢に麻痺のある障害者が、車椅子
に乗って行うスポーツです。

ラグビー、バスケットボール、アイスホッケーなどの要素を組み
合わせたもので、1977年にカナダで考案されました。

健常者のラグビーとの主なルールの違いは、

●1チームは4人

●バスケットボールのコートを使う

●バレーボールに似た専用のボールを使う

●バンパーやタイヤカバーの付いた専用の車椅子を使う

●車椅子に乗った選手がゴールラインに至ると得点1点になる

●車いすを相手の車いすに衝突させるタックルが認められている

●選手には障害に応じて障害の重い方から0.5~3.5の持ち点があり、
 チームの合計は8点を超えてはいけない

※障害が軽い人が持ち点が大きくて「ハイポインター」、
障害の重い人は持ち点が小さくて「ローポインター」といい、
その駆け引きが魅力のひとつなのだそうです。

普通のラグビーとは、かなり違うようですね。

ウィルチェアーラグビーは2000年からパラリンピックの
正式種目となり、

ウィルチェアー(wheelchair)が車椅子を表す言葉なので
車椅子ラグビー
、競技の激しさからマーダー(殺人)を意味
する「マーダーボール」

四肢麻痺者が行う競技であることから英語の4を表す言葉
クワド(quad)をつけて「クワドラグビー」
ともよばれています。

◆池崎大輔選手のプロフィールと経歴

❖池崎大輔選手のプロフィール

画像(ツイッターより)

池崎 大輔(いけざき だいすけ、1978年1月23日 – )は、
日本のウィルチェアーラグビー選手。

北海道函館市出身。
三菱商事株式会社/北海道Big Dippers所属
(ウィキペディアより引用)

❖池崎大輔選手の経歴

6歳のとき、通っていたごく近くの幼稚園に行くのによく転ぶこと
がきっかけで手足の筋力が徐々に低下する難病

シャルコー・マリー・トゥース病

と判明。

※聞いたことがない病名です。
母方の祖父が同じ病気だったので、遺伝したらしいです。


岩見沢高等養護学校在学中に車いすバスケットボールを始め

15年間夢中でプレーしていたところ、

北海道チームの選手に誘われたのきっかけで、ウィルチェアー
ラグビー(車いすラグビー)に挑戦してみることになりました。

車椅子バスケットは主に下肢障害の選手が主で、肘から先にも
力が入らない池崎大輔選手には、うまくプレーできなかった
こともウィルチェアーラグビーに挑戦した原因のようです。

自分と同じような(四肢まひ)障害の選手とプレーできる
喜びもあり、タックルができることが気性の荒い池崎大輔選手
に合っていたと語っています。

2008年にウィルチェアーラグビー(車いすラグビー)に転向後
2009年に北海道Big Dippersに入団。

池崎選手は活躍を認められ国内強化選手に選ばれます。

※転向してわずか1年余で、国内強化選手に選ばれるなんて、
すごいですね。

2010年4月、ウィルチェアーラグビー日本代表に選出され、8月の
世界選手権(カナダ)では3.0クラスベストプレーヤー賞を受賞、
代表チームも銅メダルを獲得するなど

数々の国際大会でベストプレーヤー賞を受賞する等、チームの
中心選手として活躍してきました。

2012年、ロンドンパラリンピックに出場し、最低でも銅メダルを
目標にしたが4位。

※目標は金メダルだったそうです。

2016年7月、三菱商事に入社し、リオデジャネイロパラリンピック
に出場。

準決勝でオーストラリアに敗れたが3位決定戦でカナダを破り

銅メダルを獲得しました。

◆池崎大輔選手を支えるPOWERフレーズは

❖池崎大輔選手の過去を支えたPOWERフレーズは「挑戦者」

肘から先と、膝から下の力がほとんどない池崎選手が、
それでも挑戦者
となれるウィルチェアーラグビーと出会ったのは
30歳の時でした。

30歳と言えば、アスリートとしては遅咲きの花と思えるのですが
その前に車椅子バスケットをやっていた経験があったから挑戦
する気になったのかも知れません。


「この競技でパラリンピックの金を取りたい」
という大きな夢を抱き挑戦者
になりました。

そして、ロンドンパラリンピックで4位、
リオデジャネイロパラリンピックでは銅メダルと順位を上げて
東京パラリンピックでは金を目指すと挑戦者を続けています。

❖池崎大輔選手の未来を支えるPOWERフレーズは「経験は財産」

リオパラリンピックで初めて銅メダルを獲得した池崎選手ですが
目標とする金メダルは取れませんでした。

どうしたら金を取れるかと考えたとき、ただ筋トレを頑張って
身体を大きくしても、試合に使えない身体であれば意味がない。


それより試合をたくさんこなせれば、試合の中でフィジカルも
メンタルも鍛えられる。

試合だからこそ鍛えられるメンタルやフィジカルがあるから、
自分ひとりのトレーニングだけをしていても、うまくも強くも
なれない、多くの試合をした経験が財産になる。

「経験は財産」と思った池崎大輔選手は、単身アメリカへ行き
世界最高峰の選手たちとしのぎを削り試合経験を積みました。

実際に肌で感じた海外での経験は、池崎選手の財産となり、
自身のパフォーマンスを向上させ、
2018年8月オーストラリア
の世界選手権で初優勝。

日本を世界一に導き、MVPも獲得しました!

この経験で得られた財産の全てを、
2020年東京で使い、金メダルに挑戦します。

「財産は貯めるものではなく、使うものだ」
と、新たなPOWERフレーズも生まれました。

◆まとめ

四肢まひという難病を患いながらも、常に「挑戦者」であり続け
「経験は財産」と、必死で経験を積む、池崎大輔選手の生き方に
感銘を受けました。

五体満足でありながら、今年の夏の猛暑で雑草が生い茂った
我が家の家庭菜園の草取りに音を上げてしまった自分が情けない。

全身が筋肉痛で大変だったのです。
これといのも、普段怠けていて筋肉が無くなっていたのですね。

これからは草取りをしながら筋肉を鍛え、経験を積もうと決意
しました。

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