小澤俊文の学歴と経歴は?コロンバン社長の年収や家族についても!

2018年1月25日(木)のカンブリア宮殿は
老舗洋菓子メーカーコロンバンを経営難から
再建して復活させた第6代目社長・小澤俊文
さんの物語です。

小澤俊文さんとはどんな人なのか、
どうやってつぶれそうなコロンバンを
復活させたのか、年収や家族についても
調べてみました。

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◆小澤俊文の学歴と経歴は?

❖小澤俊文社長のプロフィール

小澤 俊文(おざわ としふみ)

1953年神奈川県生まれ。
法政大学法学部卒業。

1976年三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行。
支店長や公務法人部長などを経て、

2004年参与に就任。
翌2005年に株式会社コロンバンに入社。
監査役、常務を経て2006年に代表取締役社長就任。

『原宿ロール』や『原宿焼きショコラ』、
大学の校章入りクッキーなどの数々のヒット商品を
生み出している。(2016年12月時点)”

引用: 社長名鑑

❖小澤俊文の学歴

法政大学第二高等学校から法政大学法学部へ

小澤俊文さんが卒業した法政大学第二高等学校は中高一貫の
男子高校でした。2016年度から共学になったようです。

中高一貫と言っても、高校からも入学させる方式ですので
小澤俊文さんが中学からなのか、高校からなのかは不明です。

現在の偏差値は70とされていますからずいぶんレベルが高い
ですね。

法政二高の3年間、小澤さんは生徒会活動に参加して、体育祭
の時などは企画・運営など、裏方の仕事を毎日夜の10時頃まで
学校に残ってやったそうです。

「人のまねをしないで常に新しいことに挑戦する」という
反骨精神は法政二高の生徒会が育ててくれたとのこと。

その精神がコロンバンを復活させる力になったに違いありません。

大学は法政大学法学部を卒業されていますが、筆者が大学生の
頃から法政大学法学部は有名でした。
きっと小澤さんは優秀だったと思います。

❖小澤俊文の経歴

法政大学を卒業後、鉄道マンに憧れていたのですが当時のオイル
ショックのため、新卒採用が激減し鉄道には入れませんでした。

そうそう当時の大学生は就職難で大変でした。

運よく小澤さんが就職できたのが三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)
だったのです。

希望の職種ではなかったけれど、銀行は業務内容の幅が広く、
業界の勉強や財務分析、法律などあらゆる勉強が必要なので、
つらいこともあったけれど、色々勉強できることが楽しかった
そうです。

また再建に関する仕事も多かったため、お客様の所に伺い、一緒
に帳簿を見ながら様々なプランを考えることもしていました。

コロンバンにも再建のために銀行から出向で来ていて、その
まま入社することになったのだそうです。

どうしてその気になったのかは不明ですが、困難に挑戦するのが
好きな性格のようで、あまりの落ちぶれ様にほおっておけなく
なったのではないでしょうか。

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◆コロンバンの歴史

ところで、老舗洋菓子メーカー・コロンバンとはどんな会社
なのでしょう。

創業から調べてみました。

・1921年08月(大正10年)

天皇陛下の菓子料理人だった創業者・門倉國輝が、菓子製造
視察研究のために渡仏し、パリの一流菓子店コロンバンに
日本人として初めて入社。

その技術力を認められ日本での「コロンバン」の使用許可を得た
ことから、コロンバンの歴史が始まりました。

・1924年03月(大正13年)

東京大森に日本初の本格的なフランス菓子店コロンバン商店を
創業。日本初のショートケーキを考案し販売を始めると

洋菓子業界唯一の宮内省(現宮内庁)御用達となり今日に至ります。

コロンバンは、日本で最も早く正統なフランス菓子の製法による
本格的洋菓子を紹介した最も歴史ある洋菓子メーカーなのです。

洋生菓子の代名詞となっているショートケーキは名前もろとも
門倉國輝が考案した世界に誇る日本独自のケーキなのだそうです。

これは知らなかったです。
ショートケーキは和製英語だったのですね。

それからコロンバンは、日本人パティシエをフランスに送り出し、
日本の洋菓子業界を支える多くの人材を育成・輩出し洋菓子業界の
発展、日仏交流、フランスのみならずヨーロッパの味と文化を
日本に伝える事に貢献しました。

・1977年11月(昭和52年)

これらの功績により門倉國輝は勲四等瑞宝章を賜ります。

・1981年02月(昭和56年)
に門倉國輝が永眠するまで、コロンバンは輝かしい発展をとげました。

しかし創業者が亡くなってからは、金融関係の人が経営を行い、
伝統を守るだけの長期政権(24年間)のうちに、売り上げが大幅に
(6割も)減ってしまっていたのです。

伝統の上にあぐらをかいて、新しいことをしなかったのですね。

◆コロンバンを復活させた方法は

小澤敏文さんがコロンバンの再建に着手したとき、
前の経営者たちが、どんどん事業を縮小したために、

売り場がない、新商品開発の仕組みがない、人材がいない、
組織になっていない、会議になっていない、資料がない、
さらにお金もないなど、できていないところが300項目も
見つかったのです。

よく調べましたね。これが再建に大事なことなのでしょう。

こんな状態なので、当時の体勢でできることを考え、中長期の
計画を作成したとのこと。

❖第一弾は「原宿ロール」を作成


最優先課題は、売上を上げることだったので、新しい商品として
「原宿ロール」を作りました。

当時、お店にはショートケーキやモンブランなど4種類しかなか
ったのです。

前の経営者が、廃棄する無駄を省くために、売れないものは作
らなかったのでした。

ショーケースに4種類しかケーキがないなんて考えられない
ですね。お客様はケーキを選ぶ楽しみがありません。

そこで、小澤敏文さんは、一つの商品でいくつもの成果がでる
ものとして「原宿ロール」を作成しました。

「原宿ロール」は一つの商品で 生、半生、焼きの3種類が
できるので、付加価値がつき高単価で売れ、利益になりました。

品数が少なかったことで、品数を増やすために考えた、まさに
弱みを強みに変える逆転の発想だったのです。

❖第二断は「大学缶」

大学の校章が入ったクッキーを缶にいれた、いわゆる「大学缶」
を作りました。

その売り上げは今5~6億円になり、商品自体が営業してくれる
ので、コストをかけずに売上に貢献し、知名度も上げるという
優れものです。

初めは東京大学からスタートしたところ、入学式の記念などで、
親御さん方がこぞって購入してくださり、コロンバンは復活し

今は年商48億円を売り上げる企業に成長しました。

その後も次々とヒット商品を生み出しています。

また小麦アレルギーの人のために、米粉でおいしいケーキ
を作る研究もしています。

◆小澤俊文社長の年収は

小澤俊文社長の年収はどれぐらいになるのかも
調べてみました。

パティシエ、パン職人、販売スタッフのための就職・転職サイト
によると

ケーキの利益率は販売価格のうちおおよそ5~10%が一般的
とのことです。

ということは48億円の5~10%ということは2.4億~4.8億円と
いうことになりますね。

これは全従業員の給料、材料費、光熱費、設備投資の分割費、
税金など差し引いた純利益です。

社長の収入はこの純利益から前もって予想で決まるようです。

株式会社なら株主総会で、個人会社なら社長みずから決める
とのこと。

従って予想するのは困難ですね。

そのため労務行政研究所の最新の調査結果を引用します。

2017年役員報酬・賞与等の最新実態

社長の年間報酬:平均4441万円。5000万円以上は35.9%。

従業員の規模別に見ると

1000人以上 5724万円
300~999人 4358万円
300人未満  3235万円

引用:2018年1月12日発行の労政時報本誌3944号102ページ

となっています。
株式会社コロンバンはもうかっているのですから、
4358万円以上の年収はあるのではないかと思います。

65歳前後と思われますが、これだけの年収をまだまだ
ゲットできるのでしょうからうらやましい限りです。
「できる社長」のお金の使い方 決算書に表れない「会社の数字」を読み解く (知的発見!BOOKS) [ 金児昭 ]

◆小澤俊文の家族は

小澤敏文さんのご家族は有名人ではなく、一般人のようで、
調べてもわかりませんでした。

しかし、小澤敏文さんは銀行員時代に、3回辞表を書いたことが
あるそうです。

銀行というのは、晴れた日に傘を貸し、雨の日に傘を取り上げる
とよく言われるように、会社の調子の良い時にお金を貸したがり
業績が悪化すると、金を返せとせっつくようです。

小澤敏文さんはそんな銀行のやり方に理不尽さを感じたからとの
こと。

本当にそうです。そんなことをやっていたら、今に銀行からお金
を借りる人はいなくなり、将来は銀行がつぶれる時代がくるかも
しれません。

話がそれましたが、「辞表を書いたものの家族のことを思うと
出すことができなかった」そうですから、大切なご家族がおられ
るのは確かです。

お子様もすでに立派に自立している時期ですね。

コロンバンの復活はまだ道半ばということですから、ますます
頑張っていただきたいですね。

◆まとめ

日本初のショートケーキを考案し、洋菓子業界唯一の宮内省
御用達となったほどの老舗洋菓子メーカー・コロンバンが
会社の体をなさないほどの経営難になったとき

コロンバンの立て直しのために銀行から出向してきた小澤敏文
さんがコロンバンの6代目社長として再建して復活させた
経過をまとめました。

銀行でつちかった経験と知識、それに加えて法政二高の生徒会
で培われた

「人のまねをしないで常に新しいことに挑戦する」という
反骨精神が、コロンバン再建の一番の原動力だと思いました。
不合理を活かすマネジメント 人まねの呪縛から逃れるために [ 中森 孝文 ]
社長になる人が学ぶべき言葉だと思います。

参考サイト:
会社情報
創業者の歴史
社長名鑑

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