下河原忠道(シルバーウッド)の経歴は?福祉に向いたきっかけは?

2018年6月14日のカンブリア宮殿で、見学したら思わず住みたくなる
サービス付き高齢者向け住宅「銀木犀」が紹介されました。

入居率98%と評判の高い「銀木犀」を運営している株式会社
シルバーウッドの社長である下河原忠道さんは、鉄鋼会社の
社長です。

どうしてサービス付き高齢者向け住宅を次々と作るようになった
のか気になったので調べてみました。

まずはプロフィールと経歴から。



◆下河原忠道のプロフィール

画像

名前:下河原忠道(しもがわらただみち)

生年:1971年(46か47歳・2018年6月25日現在)

出身地:東京都

学歴:高等学校(非公開)
大学・オレンジコーストカレッジ(ロサンゼルス)

会社:株式会社シルバーウッド

役職:代表取締役社長

受賞:アジア太平洋高齢者ケア・イノベーション・アワード2015大賞受賞。

有名人家族:妹・華原朋美(かはらともみ)歌手

出典: 認知症ONLINE 編集部他

❖華原朋美以外の有名な家族たち

下河原忠道さんを調べていて、妹の華原朋美さん以外に
両親や兄弟が全員有名人であることが分かりました。

父(下河原金道)・株式会社京江シャーリング会長
母(下河原朋子)・「お食事処 朋」(東京都江東区)経営
・株式会社朋コーポレーション設立者

長男(下河原忠道)・株式会社シルバーウッド代表取締役社長
次男(下河原英道)・株式会社京江シャーリング代表取締役社長
三男(下河原征道)・株式会社朋コーポレーション代表取締役社長

長女(妹・華原朋美)・歌手

いやはや、下河原家はすごい家族だったのです。
長女で妹の華原朋美は有名ですが、他の家族が全員実業家
だったとはびっくりです。

しかも男性の名前には、全員「道」という字が付いているのです。
下河原家は何の道を極めようとしているのでしょうか。

別の機会に下河原家を調べて見ようと思います。

◆下河原忠道の経歴

高校卒業後、しばらくは世界中を旅していたのですが、お父さん
から「いつまで遊んでいる気だ」といわれて、父親の経営する
鉄鋼会社に入社します。

高校卒業後に世界中を旅してまわるなんて、すごいことですね。
視野を広げるためだったのでしょうか。

それが後々役に立ったのです。

❖父親の経営する鉄鋼会社に入社(1992年より)

お父さんの下河原金道さんが経営する鉄鋼会社は、忠道さんが
生まれる数年前(1967年)に設立された
(株)京江(きょうえ)シャーリングです。

入社して本格的に家業をやるようになった下河原忠道さんは、
「会社としてこもままではいけない、今までとは異なる製品を
作り出さなければならない」と感じるようになります。

というのは、当時は景気が低迷して、鉄鋼価格が下落してしま
ったからです。

リーマンショックはそれから10年後ですから、まだ間に合い
そうですね。

入社早々、「今までとは違う製品を作ろう」と考えるなんて
さすが社長の器です。

お父さんの金道さんが長男である忠道さんに社長教育をしたの
でしょうか。

プロフィールによると妹の華原朋美さん以外全員社長になって
いますから、全員に教育したと思われます。

❖『スチールフレーミング工法』を知る

お父さんの会社では、元々薄板鋼板自体を販売していたのですが、
あるブローカーさんから「下河原さんの会社で扱っている薄板で
家を建てるシステムがアメリカにあるらしいよ」と教えてもらい
『スチールフレーミング工法』のことを知ります。

「これが今までとは違う製品になるかもしれない」と直感したの
でしょうか。

忠道さんは、その週末すぐにアメリカのカリフォルニア州パーム
スプリングに飛びました。

そこで、スチールフレーミング工法で建てられた一千棟ほどの建物
が建ち並んでいる光景を見たとき、全身に鳥肌が立ったそうです。

全身に鳥肌が立つ感激って、どういうのでしょう。私には経験
がないのですが、よほどすばらしい感激なのでしょうね。

その時「俺はこの工法を日本で普及させるんだ!」って気分が
高揚したとのこと。

偉大なことを成し遂げるときって、こんな気持になるのでしょう。

さらに、自分の会社で扱っている薄板鋼板が、少し形を変えるだけ
でさまざまなニーズに答えられる新しい建築工法になると知った時
の感動は大きく、これが会社の救世主になると確信します。

スチールフレーミング工法は材料が鋼のため、地震や火事に強く、
耐久性に優れている上に、鉄筋コンクリート建築に比べてコストを
大きく削減できるのです。

忠道さんが飛び上がって喜んだ様子が目に浮かぶようです。

❖お父さんの会社を辞めてアメリカ留学(1998年)

意気揚々と日本に帰り、父親に「俺、会社を辞めるわ」と言って、
1998年に単身渡米し、アメリカのオレンジ・コースト・カレッジ
に入学します。

薄板鋼板の建築工法の基礎理論を徹底的に学ぶためでした。

さすが、高卒後世界を飛び回っていただけあって、英語にも
堪能で、何でも自分でできたのでしょうね。

大学に行くよりも、スチールフレーミング工法を実践している
アメリカ企業の現場で、地元の作業員と共に毎日のように働い
ていたそうですから、実地訓練ができたことでしょう。

賃金ももらえて学資の足しにもなったのではないでしょうか。
実行力が半端じゃないですね。

●アメリカのオレンジ・コースト・カレッジは
南カリフォルニアの美しいビーチから程近いコスタ・メサに
ある短期大学です。

校舎

引用元:グーグル検索

全米で最も大きく素晴らしいコミュニティーカレッジのひとつ
で、24000人以上の学生が在籍しています。

キャンパスは、優れた施設と最新のコンピューター、ハイテク
設備を完備しています。

オレンジコーストカレッジは130以上の学問、キャリアプログラム
を提供しており、文系準学士号や理系準学士号のほか、
各種のキャリア認定証書、
4年生の大学に編入する資格を取得することができます。

引用元:USjyounal of ACADEMICS
http://www.usacademics-jp.com/c/orangecoastjp.php

❖米国から帰国後すぐにシルバーウッドを設立(2000年)

忠道さんは留学して2年後、オレンジ・コースト・カレッジを
卒業すると、すぐに帰国して、

2000年12月11日、資本金4000万円の株式会社シルバーウッド
を設立しました。

忠道さんが留学した後、次男の英道さんが、お父さんの会社に
入社して、跡継ぎになることになったので、忠道さんは扱う
商品も違うため、別会社を設立したのです。

シルバーウッドという命名は、鋼と木を組み合わせる工法なので
鋼のイメージのシルバーと木の意味のウッドを組み合わせたのに
ちがいありません。

後に高齢者向け住宅を作ることになり、高齢者のシルバーの
イメージにもピッタリ合う良い名前ですね。

❖株式会社シルバーウッドを設立後

株式会社シルバーウッドを設立したものの、スチールフレーミング
工法を普及させるのは、すぐには出来ませんでした。

日本で普及させるためには、日本の厳しい耐震基準をクリアしな
ければならなかったからです。

日本は代表的な地震国ですから、アメリカよりかなり耐震基準が
厳しいのです。

特許取得と国土交通省による大臣認定をもらうために、耐震性、
耐火性、遮音性、耐久性、断熱性などさまざまな試験をしなけれ
ばならなかったのです。

これは大変だったでしょうね。

最終的には、全部の認定が下りるのに7年もかかり、各種実験の
費用で多額の借金を抱えてしまったのでした。

7年もかかったのに、あきらめなかったのですね。確信があった
からでしょうが、多くの成功者は「あきらめない」精神が強いと
今回も思いました。

将来性が見込めますので、銀行もなんとか融資してくれたと思われ
ますし、家族の結束が強いので、援助もしてくれたのではないで
しょうか。

許可が取れたあとは、この工法を採用してもらうようさまざま
な営業活動を重ね、平屋建築から始まり、2階建て戸建住宅、
コンビニ、ファミレス、共同住宅と、規模もどんどん大きく
なって行きました。

◆下河原忠道が福祉に向いたきっかけは?

シルバーウッドの規模が大きくなっていくなかで、2005年に
受注した滋賀県の3階建ての高齢者向け賃貸住宅が、下河原
忠道さんの人生に大きな影響を与えたのです。

その高齢者向け賃貸住宅を受注した当時は、まだ高齢者向けの
賃貸住宅は少なく、制度もありませんでした。

確かに、老人ホームはありましたが、高齢者向け賃貸住宅は聞いた
ことがありませんでした。

高齢者は賃貸住宅に入れてもらえず、大変だったことを覚えて
います。

この時忠道さんは、「この分野はこれからもっとニーズが増える」
と確信したんです。そうです、これからは高齢者がどんどん増える
のはわかっていましたからね。

その時でもコンビニやファミレスは十分すぎるほどありましたし、
戸建てや共同住宅は、空家、空室が目立つような状態でした。

やはり成功する人は目を付けるのが早いです。

❖高齢者向け賃貸住宅から福祉や介護に興味を

高齢者向け賃貸住宅から「福祉」や「介護」分野に興味を持った
忠道さんは、仕事が休みの度に高齢者向けの住宅や施設を視察し
て回りました。

スチールフレーミング工法を見にアメリカまで行った時と同じ
ですね。

福祉先進国であるデンマーク、ノルウェーなどの北欧や、
イギリス、フランス、アメリカ、ハワイ、そして韓国にも
行ったのです。

まず、自分の目で確認するのですね。

それから日本の施設を視察して、忠道さんは海外とは全然違う
ことに気づきました。

海外では、高齢者向け住宅はあっても、日本のような介護施設
はほとんどありません。

高齢者はいつもの生活の中で、難しくなってきたことを専門家
がサポートとするというスタイルで、自発的に生活しています。

しかし日本の介護施設や老人ホームは、介護スタッフが食事の
世話から、体操や歌を歌うことまで、指示管理をしている所が
ほとんどです。

本当にそうです。筆者も数箇所の老人ホームで派遣看護師とし
て働いたことがありますが、どこでも、全て指示管理していて
居住者には自由がありませんでした。

認知症の人が外に出ないように厳重に鍵をかけて管理しています。

忠道さんは、高齢者が自らできることは自分でやり、自発的に
楽しんで余生を過ごせる状態が一番良いのではないかと思う
ようになります。

❖「サービス付き高齢者向け住宅」の運営を開始

高齢者向け賃貸住宅を建設するにあたり、若い人が住む住宅とは
違う点が色々あると思われます。

例えば、車椅子で入れるトイレやお風呂、キッチン、食堂など
が必要になるでしょう。

忠道さんは、「日本の高齢者向け住宅がこれからすごく重要な
ポジションになる」といつもオーナーさんに力説していたんです。

そうしたら、「じゃあ、建築費は出すから自分で運営してみたら」
と言われ、最初は自分が高齢者向け施設を運営するなんて考えて
いなかったのに「じゃあ、やります」と言ってしまったとか。

ずいぶん太っ腹なオーナーさんがいたんですね。
それだけ信頼されたということでしょう。

またしても専門外の分野に入り込んだ忠道さんは、すべてゼロ
からスタートします。

そして、2011年7月、病院でも介護施設でもなく、必要最低限の
サポートが用意された、人としての尊厳を保ちながら生活できる
場所を目指し「サービス付き高齢者向け住宅・銀木犀〈鎌ケ谷〉」
をオープンしました。

銀木犀(高齢者住宅)の評判がすごい!入居者が元気になる理由は?

❖「銀木犀(ぎんもくせい)」とは

「銀木犀」の外観はまるでデザインホテルのようで、建物の中
にはファッションやアートの写真集が飾られ、ヒノキの無垢材
を使ったフローリングや木製の机と椅子などが置かれた空間は
すてきなカフェのような空間です。

ヒノキの無垢材は滑りやすいという理由で一般の介護施設では
採用されませんが、リスクを完全に排除してしまうと不自然です
し入居者の自主性を奪ってしまう恐れがあるのだそうです。

「銀木犀」では入居者の方には配膳や洗濯など自分でできること
は何でもしてもらいます。
歩き方が不安定でも、歩ける方にはできる限り歩いてもらいます
し、ご家族にもそのように伝えています。

一番大事なのはできることを取り上げないことです。

入居者の自主性を尊重し、認知症の人も自由に外出もできます。

入居者の夢を叶えるプロジェクトとして、「駄菓子屋をやりたい」
という認知症の女性のために施設入り口に駄菓子屋を作りました。

駄菓子屋の店長をやるようになって、その女性は毎日が楽しいと
と話していて、認知症の改善も見られるそうです。

近所の子供たちが買いにきてくれて、地域の交流にもなっています。

居酒屋や食堂もあるそうです。
誰かの役にたつことは、生きがいにもなるのでしょうね。

◆まとめ

株式会社シルバーウッドの社長・下河原忠道さんについて
プロフィールや経歴、鉄鋼会社の社長なのに、福祉や介護に
興味を持って、「サービス付き高齢者向け住宅・銀木犀」
について調べました。

病院でも介護施設でもなく、必要最低限のサポートが用意さ
れた、人としての尊厳を保ちながら生活できる場所である
「サービス付き高齢者向け住宅・銀木犀」はすばらしい
と感じました。

自分でできることは何でも自分でやること。
一番大事なのはできることを取り上げないこと。

これは全く自然なことで、子供を育てるのと同じだなあと
思いました。

自分が要介護になるようなことがあったら、銀木犀のような
「サービス付き高齢者向け住宅」に入りたいなあと思います。

現在はまだ全国に9ヶ所しかないようですが、どんどん増えて
近所にできることを期待します。

下河原忠道さんは認知症の研究もしており、認知症の人や
自閉症の人を理解し、皆が優しくなって、より住みやすい
社会を目指しているのだそうです。

これからのご活躍も見逃せません。

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