竹内智香のスポンサーは?不祥事や実家の旅館「湧駒荘」についても!

久しぶりに見ようと思った毎日放送の情熱大陸(1月14日23時25分~)
のゲストは

スノーボード平昌五輪日本代表の竹内智香(たけうちともか)です。

息子がモーグルに凝っていたので、里谷多英や上村愛子選手は知って
いましたが、竹内智香は知りませんでした。

2014年ソチ五輪で銀メダルを獲得、今回の平昌五輪で日本女子選手史上
最高タイの5度目のオリンピック出場になるすごい選手だったのです。

竹内智香のことを色々調べていて、気になったことに迫ってみようと
思います。

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◆竹内智香の画像とプロフィール

まずは竹内智香の画像・ソチオリンピックメダリスト会見の動画
(ユウチューブ)をご覧ください。
彼女の思いや考えが述べられています。

❖竹内智香の画像(動画)

【ソチ】メダリスト会見/竹内智香選手(スノーボード)

うわさ通りきれいな人ですね。

❖竹内智香のプロフィール

基本情報

・国籍:日本
・種目:スノーボード・アルペン
・所属:広島ガス
・使用メーカー:ブラックパール
・生年月日:1983年12月21日(34歳)
・生誕地:北海道旭川市
・身長:165㎝
・体重:62㎏
・特技:英語 ドイツ語

補足

小学校の卒業文集に「夢はオリンピック」と記していた。

14歳の時長野五輪を見てスノーボードを本格的に始める。

旭川市立東明中学校から、スノーボード部がある
北海道上川高等学校に進学。

※上川高等学校は高梨沙羅と同じ高校。

しかし当時同校で竹内を指導していた小島久幸がクラーク記念
国際高校に転勤したため、その後を追うように同校に転校。

・2002年:高校3年生でソルトレークシティ五輪初出場(予選落ち)
・2004年:W杯パラレル大回転3位
・2006年:トリノ五輪9位
・2007年:「日本では選考基準が曖昧なので、何を目指していいのか
がわからない」とスイスナショナルチームに頼み込み、23歳から
28歳まではスイスでトレーニングをした。

スイスを選んだ理由は「一年中氷河がある所で、いつでも滑れる
し、世界トップクラスの滑りと考え方を間近で体感しながら効果
的に練習出来る」ことだったからと言う。

この時にドイツ語を身に付けた。ドイツ語ができることが条件
だったので、語学学校に通って数か月で基礎をマスターした
という驚きの努力家です。

・2009年:世界選手権パラレル大回転4位
・2010年:バンクーバー五輪13位
・2012年:パラレル大回転でFISワールドカップ初優勝(イタリア)
・2014年:ソチ五輪で日本の女子スノーボード史上初の銀メダル

その他ワールドカップ(W杯)、世界選手権など多数の賞獲得。

・2016年:W杯を前に左膝前十字靭帯断裂という大けがをするが
半年で復帰。この時「靭帯が切れて良かった」と言ったことで
その超ポジティブティブさが有名になった。

今回の平昌五輪で日本女子選手史上最高タイの5大会連続出場。

家族は旭岳温泉で老舗旅館営む両親と兄2人。
オフシーズンには旅館の手伝いもするという家族思いの34歳。
(参考サイト:竹内智香Wikipedia)

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◆竹内智香のスポンサー

なんとなく所属会社や団体がスポンサーかと思っていました。

しかし、今回竹内智香のスポンサーを調べていたら「スポンサー
広島ガス」と書いてあったり、「所属 広島ガス」と書かれて
いたりします。

スポンサーと所属団体はどう違うのでしょうか。

❖スポンサーと所属会社(団体)との違いとは

ヤフー知恵袋によると

スポンサーというのは、契約期間を定めて、活動費を出してくれ
たり、用品を提供してくれたりする企業や団体のことです。

その代わり、その企業のロゴをウェアに付けたり、CM やイベント
に出演したりします。

CM に出れば、そのギャラが別にもらえます。

しかし契約によってはケガによる休止期間はサポートが受けられ
ない場合もあるなど不安定な関係です。

その点、企業や団体に所属するということは、より安定して
サポートを受けられるということのようで、最初はスポンサー
契約から入り、その延長で所属企業になることが多いとのこと。

所属契約は文字通り所属なので社員とは違うけど給与や遠征費が
支給され選手によっては社員の仕事したりすることもあります。

原則、所属契約は1社と契約しスポンサー契約は何社でもできる
のが大きな違いです。

現役引退後は本人の希望により会社の正社員になったり、所属
契約を解除したりする関係のようです。

❖竹内智香の所属団体について

ウイキペディアによると、竹内智香の所属は

小嶋アカデミー→ロイズ→広島ホームテレビを経て、現在は
広島ガスになっています。

所属もそんなに安定しているものでもないようですね。

竹内智香は最初、スノーボードはマイナー競技で、不良っぽい人
がやるものだと思われていたせいか、なかなかスポンサーがつか
ず苦労したとのこと。

そんな中、広島ガスと所属契約を結ぶに至った経緯は、

・2010年:無所属になった年、広島に親戚があった縁で広島の
スキーイベントに企画段階から参加したことで広島ホームテレビ
に契約社員として入社します。

広島にもスキー場があるのですね。

北海道出身だが広島が第二の故郷を思えるほど好きな竹内智香
は自分から「ひろしま観光大使」を湯崎英彦広島県知事に希望
して

・2010年11月:初代「ひろしま観光大使」に任命されます。
積極的ですね。すばらしい実行力です。

・2011年10月:広島への冬季観光客誘致やスノーボードの周知
などのために活躍する竹内智香に注目した広島ガスが、

「企業イメージの向上につながる」と竹内智香と所属契約を結び
同社は竹内のためにスキー部を創設したのです。

スポンサーからではなく、いきなり所属契約をしたのですから
よほどほれ込んだようですね。先見の明がありました。

❖竹内智香のスポンサーについて

スポンサーとしてはっきりしているのは2017年4月27日広島ガス
が竹内智香のスポンサーとして契約した

日本初の会員制小型機チャーターを活用した総合旅行サービス
(8月開業)の「SKY TREK」社です。

小型機やヘリコプターを利用して竹内智香の移動のサポート
などを受けているはずです。

「都内でフィジカルトレーニングをしていて、天気や雪がいい
時に(スキー場に)気軽に移動できたら、すごくいい」と
記者会見で竹内智香が目を輝かせていたそうです。

他にはスイス発祥のメーカー「ブラックパール」
(BLACK PEARL)の製品を使っていますが、

これはトリノ五輪男子メダリストである ショッホ兄弟らと
立ち上げたスノーボードブランド です。

このメーカーの面白いところで他のメーカーと違うところは、
板の設計、開発を選手自身が行っているところです。

実際、竹内選手が銀メダルを獲得した際に使用した板も、
竹内選手自らが設計、開発したものです。

ブラックパールの製品の国内販売を、竹内智香の兄が手伝って
いるそうで、スポンサーと言えるのかどうか?

一時ANAもスポンサーだったようですが、「SKY TREK]社と競合
するので、今はスポンサーにはなっていないと思います。

◆竹内智香選手の不祥事?

竹内智香選手のことをネットで検索すると「不祥事」という文字
が出てきます。

過去になにか不祥事があったのか、だれかの不祥事に巻き込まれ
たのかと思いますが、

彼女のような頑張りやさんに不祥事はありえません。

今の相撲界のように、ある時期、日本スノーボード界で「不祥事」
の発覚が相次いだために、検索文字がスノーボードの選手で検索
されることが多い竹内智香の文字とむすびついたと考えられます。

こういうことは時々生じるので、なんとか改善して欲しいですね。

◆竹内智香の実家の旅館「湧駒荘」について

竹内智香の実家は、北海道大雪山国立公園の中にある
旭岳温泉「湯本 湯駒荘(ゆこまんそう)」という旅館です。

筆者の両親が北海道出身だったこともあり、私たち夫婦はよく
北海道に行き、大雪山国立公園も数回訪れたことがあります。

雄大な自然とその美しさに圧倒され、特に、日本一早い旭岳の
紅葉の景色は、今でもはっきりと思い出します。

そんな恵まれた自然に囲まれた「湯駒荘」は、日本秘湯の会
の会員であり、そのあたりで唯一5つもの源泉かけ流し温泉
なのです。

楽天トラベルアワード2014金賞受賞の宿であり、
2017年6月1日には「別館 山小屋ツイン」もオープンしました。

今度北海道に行くときはぜひ「湧駒荘」に宿泊して5つの温泉
に浸りながら、竹内智香の原点を感じたいと思います。

❖「湧駒荘」の詳細はこちら↓↓

竹内智香も出ています。

大雪山国立公園の雪は最高のパウダースノウだそうですから、
竹内智香はスキーにとってたいへん良い環境で育ったんですね。

恵まれた環境と才能と、努力と超ポジティブティブな精神力を
結集して平昌オリンピックではぜひ金メダルをとってもらいたい
です。

◆竹内智香から学んだこと

私が竹内智香から学んだことは、彼女の超ポジティブティブ
な精神力です。

2016年3月6日ドイツW杯で左膝前十字靭帯断裂したとき
選手生命が奪われるかもしれない大けがだったのに

「切れて良かった」と言ったそうですが、そのときの彼女
の超ポジティブぶりが、公式ブログにでていましたので
抜粋しておきます。

これを読めば、あなたも笑顔になれるはずです。

❖竹内智香の公式ブログから

左膝前十字靭帯断裂について2016年9月10日のブログ

抜粋——————ここから————-

切れているものは切れている。

であれば
その現実は変えられないから
その現実をどう楽しもうか?
そう気持ちを切り替えたことを
今も昨日のコトのように
覚えています。

手術をしてからも
術後1日目、2日目、3日目と
毎日カウントダウンできることの楽しさ。
術後
初めて立てること
歩けるよになること
階段の上り下りができること
バイクに乗れること
走れること
ジャンプができること

日々のステップアップが
とても充実していて
赤ちゃんの頃にしか経験できなかったようなコトを
大人になり意識のあるなかで経験できる。
この世界が独特で
とにかく毎日が充実でした。

今となっては
心から
この怪我にただただ感謝です。
この怪我があったからこそ
今までにないくらい
フィジカルトレーニングを頑張れたし
膝が良くなる為になら
何でもしよと思った。
良質な食事に良質な睡眠を心がけたり。
そして
過去最高の身体を
この夏に作ることができました。

つくづく
人は変れるということを
そして起きる出来事は
全てが必然であるという事を
知る事ができ
怪我をしたことで
毎日を充実させることができました

抜粋—————ここまで———————————–

全文はこちら⇒http://blog.tomoka-t.net/archives/1827850.html

なんというすばらしい文章でしょう。
そしてなんとステキなアスリートでしょう。

感動を持ってこの記事を終えます。

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