新婚旅行三日目の最初の訪問場所は、安珍清姫の物語で有名な和歌山の道成寺でした。
世界遺産に登録されている熊野古道の要所にあるなかなか立派なお寺だったので、
道成寺にまつわる物語や寺内の見どころ、拝観料や駐車場、アクセス方法などについて
ご紹介しようと思います。
和歌山の道成寺はどこ?アクセス方法について
和歌山の道成寺は、上の地図の赤マークの場所にあり、住所は
和歌山県日高川町鐘巻(かねまき)1738 道成寺です。
前日宿泊した美浜町にあるバス停(吉原)から熊野御坊南海路線バス「御坊駅方面」
に乗り、御坊駅で下車。
JR紀勢本線(きのくに線)御坊駅から紀伊田辺行に乗り約2分で道成寺駅に着きます。
道成寺駅で下車し、徒歩約7分で道成寺です(黄色マーク)。
(地図の道成寺駅の場所をスクロールして拡大すると道成寺までの道路が見れます。)
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道成寺に伝わる二人の女性の物語
安珍清姫物語
まずは有名な安珍清姫物語から
一般的な安珍清姫物語は
奥州白川(現福島県白河市)の僧である安珍が、修行のために熊野に参拝に来て、紀伊国牟婁郡真砂(きいのくにむろぐんまなご)の庄司(荘園の管理者)であった清姫の実家に宿を借ります。
注)紀伊国牟婁郡真砂は、現在の和歌山県田辺市中辺路(なかへじ)あたり(熊野街道沿い)です。
安珍を見て一目ぼれした清姫は安珍にせまりますが、安珍は当惑し、「必ず帰りには立ち寄るから」と口約束をしましたが、帰りには立ち寄らずに去ってしまいます。
約束の日時に安珍が来ないことで裏切りを知った清姫が怒って追跡をはじめると
船で日高川を渡ろうとしている安珍を見つけます。
船頭が清姫を乗せようとしないので、清姫が河川に身を投じると蛇体となって
安珍を追いかけ、日高川を泳ぎ渡った清姫は、
道成寺に逃げ込んで、下ろしてもらった釣鐘に隠れた安珍を釣鐘もろとも焼き殺してしまい、その後清姫は、道成寺と八幡山の間の入江のあるあたりで入水自殺してしまったというのです。
畜生道に落ち蛇に生まれ変わった二人はその後、道成寺の住職のもとに現れて供養を頼み、住職の唱える法華経の功徳により二人は成仏したという仏教伝説です。
実はこの二人はそれぞれ熊野権現と観世音菩薩の化身であったとか。(参考:案珍・清姫伝説 ウィキペディア)
★釣鐘(つりがね)は金属だから簡単には燃えないと思うのですが
大蛇の力なのでしょうか。
私が記憶している安珍清姫物語は上記の内容だったのですが、今回
安珍清姫物語は、能楽、人形浄瑠璃、歌舞伎などで様々に伝えられていることがわかりました。
一般的には、清姫が悪女として伝えられているのが多いのですが
その中で、清姫がもっと控えめな性格に描かれていて興味深かった
のを簡単にご紹介します。
もう一つの安珍清姫物語
清姫一家が住んでいたとされる紀伊国牟婁郡真砂の地元には、富田川(とんだがわ)沿いに「清姫の墓」があり、清姫伝説を記した石碑が建立されていて、その内容は一般の悪女伝説とは少し違うようです。
要約すると
清姫は、真砂の庄司・藤原左衛門之尉(ふじわらさえもんのじょう)清重(きよしげ)の娘で、その母親は黒蛇に呑まれているところを清重に命を救われた白蛇であり、白蛇の化身として女遍路になって現れると、妻に先立たれてその子清次と暮らしていた清重と夫婦になり清姫が生まれたとのこと。
清姫が13才の年 毎年熊野三山へ参拝の途中清姫の実家を宿としていた奥州(福島県)白河の僧・安珍16才は、美しい清姫を行く末はわが妻にせんとひそかに姫と約束します。
それから数年たったある夜、安珍は障子に映った蛇身の清姫を見て恐れをなしたのですがそれとは知らぬ姫は思いつめて遂に胸のうちを語り「いつまでも待たさずに奥州へ連れていってほしい」と頼んだのです。
安珍は突然の申し入れに驚き「我は今 熊野参拝の途なれば必ず下向には連れ帰る」とその場のがれの約束をして去ります。
約束の日になかなか現れない安珍が、道を変えて去ったことを旅人から知らされた清姫は汐見峠まで後を追い杉の大木「現在の捻木(ねじき)」によじ登ると、すでに田辺の会津橋を渡り逃げ去る安珍を見て怒り悲しみ、後を追うこともなく荘司ヶ渕(清姫渕)
に身を投げたのです。
その一念が怨霊となり道成寺まで蛇身となって後を追い 鐘にかくれた安珍を七巻半して大炎を出し焼死させたという物語です。
延長6年8月23日(今から約1080年前 西暦928年)のことでした。以来、里人達はこの渕を清姫渕と呼び 霊を慰めるため碑を建立して、清姫の墓として毎年4月23日に供養を続けているそうです。(参考:日本伝承大鑑 和歌山 清姫の墓 その他)
いずれの物語も清姫の強い恋心がうかがえますが、こちらの物語は
地元の人々の気持ちからか、いくらか控えめな清姫物語ですね。
私も学生時代に夫を好きになって、卒業後めでたく結婚して幸せな人生を歩んでいますが、もし安珍のように夫が結婚前に私を裏切っていたら清姫のように夫を焼き殺してしまいたくなったかも知れません。
はからずも清姫の気持ちがよくわかった気がします。
新婚旅行で行ったときには何も思わなかったのですが、不思議です。
清姫の墓のそばの小さなお堂の石碑には
「煩悩の焔も消えて、今ここに眠りまします清姫の墓」との歌
が刻まれているそうです。
地元の人々の清姫に対する深い愛情が感じられます。
「私も安らかにお眠りください」と祈りたくなりました。
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かみながひめ(髪長姫)物語
道成寺に伝わるもう一人の女性は髪長姫(かみながひめ)です。 有吉佐和子の「むかしむかし絵本・かみなが姫」が話題になっていますが 昔、紀伊国に暮らしていたある漁師の若夫婦に、念願の子宝が授かったのですが、 両親が不思議に思っていた頃、沖の向こうに不思議な光が見られるようになり、 村人たちは観音様を丘の上に祀り、娘は親切な人に引き取られて暮らします。 ある夜、娘の夢枕に観音様が現れて「両親の願いを叶えてやる」と言い、 そのうわさを聞いた帝の招きにより髪長姫は京の御所に迎えられました。 文武天皇は皇后である藤原宮子姫の願いを受けて、宮子姫がご恩返しのために この話は、若い漁師夫婦の命がけの願いが、娘に幸せをもたらすという 和歌山道成寺に伝わる「かみなが姫」は、まんが日本昔ばなしとは違って、 道成寺に釣鐘がない理由新婚旅行で行ったときには気づかなかったのですが、今回、和歌山の道成寺は すると、やはり鐘は再建されていたのです。 それから200年あまり経った安土桃山時代、秀吉の紀州攻め(1585年)の大将で紀伊国を そして、時の貫首・日殷大僧正の法華経による供養によって怨念を解かれ、 妙満寺では、例年の春に鐘供養を営み安珍・清姫の霊を慰めていて、 センゴク権兵衛はなかなかの人物だったようです。 [新品/あす楽]◆特典あり◆センゴク権兵衛 (1-27巻 全巻)[限定ポスター付き] 全巻セット センゴク権兵衛は 「安珍清姫の鐘」のお里帰り 妙満寺にある方が安心なのでしょうか?面白いですね。 道成寺の見どころ・入場料(拝観料)・駐車場などについて道成寺の見どころ道成寺は飛鳥時代の大宝元年(701)文武天皇の時に創建された和歌山県最古の寺です。 最初の宗派は法相宗でしたが、江戸時代から紀州徳川家の御命で天台宗になりました。 道成寺の見どころ 道成寺の本堂↓ 道成寺の宝仏殿↓ 縁起堂:能「道成寺」や歌舞伎「京鹿子娘道成寺」にちなむ絵画や衣装などが 和歌山道成寺に伝わる安珍清姫物語絵巻はこちら>>> 道成寺の入場料(拝観料)や駐車場について拝観料、拝観時間、拝観の所要時間の目安、絵とき説法の開始時間、 また道成寺のインフォメーションのページでは、地図の下の 「楽天トラベルガイド」歩ける世界遺産「熊野古道」の魅力はこちら>>> 道成寺のおみやげとおすすめの旅館道成寺のおみやげ道成寺のおみやげ人気ナンバーワンは、なんと言っても安珍清姫の釣鐘まんじゅうです。 この釣鐘まんじゅうを食べたいがために道成寺参拝を繰り返す人も多いそうです。
おすすめの旅館道成寺周辺の人気宿ランキング(楽天トラベル割引あり)はこちら>>> まとめ1.和歌山の道成寺がある場所をグーグルマップでお知らせ。 |
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